デジタル技術の発展とデジタルヘルスケア
デジタル技術の進化により、私たちの健康管理は大きく変わりつつあります。例えば、スマートウォッチを使って日々の心拍数や睡眠パターンをモニタリングすることが一般的になりました。2023年の調査によると、スマートウォッチの普及率は世界で30%を超えています。これにより、個人の健康状態をリアルタイムで把握し、適切な対策を講じることが可能になっています。このように、デジタルヘルスケアは医療・介護機関の業務だけでなく、企業の従業員の安全衛生管理、個人による日々の健康管理にも対象領域を広げてきました。今回は、デジタル技術が健康維持・管理や医療にどう生かされているのか解説します。
デジタル技術の進歩
今日の情報社会の発展は、言うまでもなくコンピュータの登場によるものです。コンピュータの主要素子は真空管からトランジスタ、IC、LSI、VLSIへとコンパクト化・集積化が進み高速な情報処理が可能になりました。センサー技術は人間の視覚・聴覚・触覚よりも格段に鋭敏な反応と正確な物理量計測を可能にしました。その技術をコンピュータと組み合わせることで、さまざまな自動化機械が生まれ私たちの日常生活や工場生産、物流、設備運用などあらゆる場面で合理化・効率化が進められています。
またセンサーからの情報を分析機器などに渡し、またコンピュータに記録、保管、共有するためのネットワークの発展も見逃せません。機密情報でも安全に誤りなく高速に伝送するデータ通信技術も情報社会の発展を著しく促進しました。
■ヘルスケア領域のデジタル化
デジタル技術は、医療・介護・健康管理の分野で顕著に活用されています。デジタルヘルスケアと呼ばれるこの領域では、大きくは次の三つのトレンドが見られます。
- センサー技術による生体情報(バイタルデータ)計測の低コスト化・容易化
バイタルデータについては例えば心拍数、血圧、体温、血中酸素飽和度などを日常的に計測可能な小型のウェアラブル機器が一般個人に普及するようになり、医療機関や在宅介護の場面では加えて血糖値、心電図、心音、呼吸数、なども簡便な機器で測定可能になっています。 - コンピュータ分析・AI活用による計測結果の判別・評価の簡易化
計測結果の判別・評価の面では、例えばCT/MRI画像から病変箇所を正確に見極めたり、がんの予兆を発見したりといった臨床診断にコンピュータ分析とAI判定・評価が役立てられていますし、各種の医療ロボット・自動化機器にもAI搭載例が増えています。ロボット手術などはまさに典型的なAIとデバイス制御の事例です。 - 医療機関などでの医療情報共有が進むことによる、患者対応の合理化
医療機関に集まる患者個々人の医療データを医療機関や薬局相互で共有し、たとえ患者が転院しても的確な医療が施せるようにする情報共有ネットワークが実現しようとしています。マイナンバーカードを利用した保険資格情報の共有ネットワークはすでに稼働しており、このネットワークに個人の医療情報や健康管理情報を連携させる具体的な方法も検討されています。
デジタルヘルスケアの拡大
■個人/家庭でのバイタルデータ計測が容易に
デジタルヘルスケアは当初は医療機関が保有する計測機器を利用して進化しましたが、スマートウォッチやスマート活動量計が一般に浸透するようになり、血圧計や血糖測定器なども小型化・低コスト化が進んで家庭でも日常的にバイタルデータ計測が可能になりました。
■保険や労働衛生面にも利用が拡大
また個人の検診結果などの情報を保険会社のシステムに登録することにより、保険プランを適正化するサービスも登場しています。そのように、あくまで本人同意を前提に、個人健康情報を企業が取得し、企業活動に生かすビジネスモデル開発が今後も進むでしょう。
既存の他の産業界でも従業員の健康管理や危険防止の目的でデジタルヘルスケアは重要視されるようになりました。
■医療情報/健康情報の共有プラットフォーム構築が進展中
医療機関や薬局での情報共有に関しては、国が主導して電子カルテを標準化し、健診結果や診療情報、退院時サマリ、傷病名、アレルギー、感染症、薬剤禁忌、検査、処方といったデジタル医療情報(EHR/Electronic Health Record:電子健康記録と呼びます)を共有する取り組みが進んでいます。自治体が保有する検診情報や予防接種情報も同様に共有化が進められ、地域医療情報連携ネットワークが構築されるようになりました。
これに加えて、上述のように民間業者が保管する個人のバイタルデータ身体計測データ、運動状況などの健康管理データ(PHR/Personal Health Record:パーソナルヘルスレコードと呼びます)も同じプラットフォームで共有可能にする具体的な方法も検討されています。
デジタルヘルスケアのメリットと課題
デジタルヘルスケアの主なメリットをまとめると次のようになります。
- 個人が日常的に健康状態を把握し、適切な運動や食事・休息・睡眠などの生活習慣改善に生かせるようになる。
- 医療機関と行政機関が個人の医療・健康情報を蓄積・共有して、個人の健康状況や医療・服薬履歴などをもとにして適切な医療や健康サービス、アドバイスなどが受けられるようになる。薬局や介護施設などでも同様に個人別に最適なサービスが提供される。
- 医療機関では保険資格の確認や患者の過去の病歴や服薬状況などを一元的に確認でき、医療事務も合理化・効率化できる。
- 企業は顧客個人が提供するパーソナルヘルス情報を新サービス開発や顧客サービス、マーケティングに活用し、新ビジネスモデルの開発や顧客満足度向上に役立てられる。
しかし、個人情報の保護とセキュリティは大きな課題です。例えば、データの匿名化や暗号化技術の導入が進められていますが、これらの技術の標準化はまだ確立されていません。今後はこれらの課題に対する具体的な対策が求められます。この相反するテーマを解決するために、データの「匿名化」と暗号技術を用いた通信経路と情報保管の方法などが研究されています。
デジタルヘルスケアを個人として実践する私たちとしては、自分の医療・健康情報をどこまで、どこに提供すべきか、それがどのように使われ、自分や家族にどんなメリット・デメリットをもたらすのかをよく考える必要があります。